この世界そのもの

2021/02/17

この前、「私たちは、この世界そのもの、ですから」と本音が漏れてしまったことがありました。 完全に頭のおかしい人ですね。 今回は、この考えについて話します。

他人の口から「私たちは、この世界そのものである」と聞けば、「何を偉そうに」と思われるでしょう。私もそう思います。

ですが、このような考えはどこから来ているのでしょうか。

私は、何かが終わる(死ぬ)とき、それは、その母体に還るというような考え方をします。

個々の存在は、例えば、人だとか動物だとかをイメージしてもらえばわかりやすいですが、その母体である環境がありますよね。この場合の母体は、この星、地球に当たります。

ですから、私が死ねば、私は地球に還ります。星も同じく、寿命が来ると、その母体である宇宙に還ります。

ここでそれぞれ別々だったものが一つになると考えており、「もともと一つだったものが、元の姿に戻るとき、あるいは最終フェーズを迎えるとき、それ、そのものだったことを知る」というような考え方をします。

つまり、はじめから別々でも個別でもなかったわけですが、それを認識するには、終わることが必要なのだと思います。

そして、全てが終わり、最終フェーズを迎えるとき、つまり、宇宙も終わり、その外の世界も終わり、さらにその外の世界も終わって、最終的に世界が元の姿に戻るとき、この世界のすべての存在は、この世界そのものだったことを知るのだと思います。

ですから、私のような考えを持つ者からすれば、争いごとなどを見ると、つい「私たちは、この世界そのものなのに…」とつぶやいてしまうことがあります。

争って、殺し合って、でも、もともと一つで、同じ存在なのに、自分で自分を傷つけ合っているように見えてしまうのです。

とはいえ、これは仕方のないことで、他にどうしようもなかったのでしょう。

生まれ変わりはほぼ確実に起こります。星も生まれ変わりますが、人も、宇宙も同じです。

話を戻すと、私は、上記の理由から、自分はこの世界そのものだと思ってる節があったりします。

ですから、何もかもが同じに見えてしまうことがある。

そういえば、自分と同じような考えを今まで一度だけ目にしたことがありました。

クラナドというアニメなんですが、最終回に出てくる少女が確かこういうことを言うんですよ。

「私は、この世界そのものだったから…」

これを聞いたとき、私は「なんで、知ってるんだろう?」って思いました。

このことは、終わるとき、あるいは終わったあとにしか知ることができないものなのに、と。

他の作品、あるいは、他の人からこの言葉を聞いたことがありません。

人が死ぬとき、はじめて、この星に生きたすべての者達と一つになります。そして、何万回も繰り返し、やがて星が終わるとき、星は宇宙そのものだったことを知り、宇宙が終わるとき、その中に在ったすべての存在は、その環境、それ自体だったことを知ります。

ここは存在の世界。存在は、この世界そのもの。

これが私の考えです。

tag: note