ゼロなんてない

コンピュータは、数字の0と1で動いているらしいのです。そこで、私は、数字について考えてみることにしました。

存在の世界には、0という数字はありません。すべては1よりも大きいのです。

では、0は何を意味するのでしょう。その多くは基準点を意味します。

例えば、「リンゴは何個ありますか?」と聞かれた時、世界中に存在するリンゴの数ではありません。通常は自分を基準にリンゴを数えます。

もしリンゴを持っていなければ0で、3つ持っていたら3ですね。このように基準に設定する数字がゼロなのです。この数字は、何を基準にするかで変化します。

しかし、本来は「リンゴは0です」という答えは間違っています。なぜなら、世界中に沢山のリンゴがあるからです。リンゴがこの世界に314159265359つ存在するなら、答えは「314159265359」です。このように神視点から物事を見ると、「何も無い」という状態はありえないので、ゼロという数字は必要ありません。

ゼロは、天動説に似ているところがあります。天動説というのは、自分中心に太陽や月が動いているという説で、地動説は、地球が太陽の周りを回っているという説です。このように、ゼロという数字は、最も愚かな数字でもあるのです。

しかし、私は天動説が間違っているとは思っていません。天動説も地動説も同じようなものに感じます。なぜなら、銀河も回っているし、宇宙も回っているからです。遠い未来、結局は学問上の天動説に帰結するということはあり得るかもしれないと考えています。それに、人間にとって、ゼロという数字はとても便利で役に立つ数字なのです。

例えば、コンピュータは数字の0と1で制御されています。なので、コンピュータの電源ボタンは、0+1です。もちろん、この形はinputとoutputのi+oという説があるかもしれませんね。私は、できれば数字を推したいですが。そのへんの事情から私はこれらの記号が好きです。特にiがお気に入り。ちなみに、好きな数字は7です。

なお、最終的には天動説に帰結するかもしれないという考えはどういうことでしょう。学問の正しさは同じ問題であってもたくさんの道があります。ですが、その多くは最短距離を言います。0という答えを導き出したい場合、1+2+3-6でもいいですが、1-1のほうが最短です。私は、宇宙の謎を解き明かすには、より大きい宇宙のはてに目を向けるより、より小さいものを探求するほうが近道だと考えています。宇宙で最も小さい物質は、まだ見つかっていません。ただ、研究は進んでいて、原子や粒子の物質が確認されています。宇宙は急速なスピードで広がっています。仮にその外と繋がるには、最も小さい物質から解き明かすのが正しいと考えています。もちろん、広大な宇宙に目を向ける研究も大好きで、ロマンがあります。ただ、私は、学問的な正しさは、より小さな世界へ帰結する可能性を考えているということです。ここで、地動説より天動説のほうが「小さい」ですから、学問上の正しさが回り回って、そこに帰結してもおかしくないと考えているのです。

この世界には、「無」という状態はありません。