やるかやらないか

偶然と必然、どちらが正しいのでしょう?私の考えを明かします。

私は、たくさんの経営者の意見を読んでいました。ビル・ゲイツが有名ですね。日本にもたくさんの経営者の方がいますが、個人的には、あまり良い人はいないのではないかと感じています。いや、正確には、日本で目立っている経営者の質は低く、目立っていない経営者の質は高い傾向にあるということなのかもしれません。

それを判断する基準は、デフォルト思考と呼ばれるものです。例えば、あなたがもし経営で成功し、大富豪になったと考えてみてください。そうなった場合、貧しい人々には、どのように声を掛けるでしょう。

私が見てきた多くの日本人経営者(特にネットで目立っている)は、「貧困は自己責任だ!」と叫ぶだけの人が多かった気がします。努力が足りないから貧しいだけ、それを国が悪い、企業が悪いと馬鹿じゃないか、自己責任だろと。

確かに、一理あります。ただ、私にとっては一理ぽっちしかない意見です。それは単に人間のデフォルト思考なので、珍しいことではないのです。成功したら自己努力、自己責任、失敗したら他人のせい。平凡な人間は、99.9%の人が、このように考えます。多くの人は、努力し、成功して、金持ちになった途端、社会への不平不満しか言わない惰性で貧乏な人々を見て「自己責任だ!」と突き放していることでしょう。

そんな中、限られた数少ない人間だけが、このデフォルト思考を打ち破ります。例えば、ビル・ゲイツがそうではないでしょうか。彼は自己責任なんてことを叫んでいる印象はありません。そればかりか彼の貧困解消への取り組みは目を見張るものがあります。多くの大富豪や特権者は彼のようなことはできません。中には「いや、できるけどやらないだけ」という人もいるでしょう。しかし、それは違うと思います。ビル・ゲイツを考えると、ネットで有名な自己賛美と自己責任論を言ってるだけの日本人経営者のあまりのちっぽけさに、彼らのことが全く気にならなくなります。

しかし、私は、ビル・ゲイツがビル・ゲイツたる所以も、偶然によるものだと考えているのです。

どのように生まれたか、どのように育ったか、努力できるかどうかを含めて、偶然だと考えています。なぜなら、それは人間がコントロールできない事柄だからです。

この世の真理は、とても単純です。それは、「永遠は存在しない」ということです。始まりがあるものには終わりがあります。生まれ変わりを真とするなら、人生は必ず逆転し、立場は反転します。世界が1%の特権者と99%の奴隷に区分されたなら、1%だった特権者が死んだ後は、99%の奴隷になり、その人生を99回繰り返すことになるでしょう。それが世の中の残酷なところでも在り、公平なところでもあります。永遠の支配は成立し得ない。どんなものにも終わりがあります。

ここで、この世は偶然ではなく、全ては必然である。全ては予測可能であり、コントロール可能であるという考え方があります。

私は「やってみて」と言います。

「できるけど、やらないだけだ」誰かはそう返すでしょう。

私にとって、それができるかできないかなんてどうでもいいのです。やるかやらないか、私はそれだけを見ています。